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Pegasus GC-HRT+の化学イオン化法で最高の質量精度を得るには

作成者: Tim Dawson|2020年05月150日

初めに

Pegasus GC-HRT+には化学イオン化(CI)ソースがオプションで用意されています。CIと高分解能GC-HRT+質量分析計の組み合わせ (High Resolution CI, HR-CI) は電子イオン化(EI)によって分子関連イオンが生成しにくい化合物の解析に、非常に有用です。ここではPegasus GC-HRT+のHR-CIを用いて可能な限り最高の質量精度を得る方法について説明します。

CIの反応機構と試薬ガスについて

化学イオン化(CI)では、試薬ガスのイオン(試薬イオン)と分析対象物(中性分子)間の種々の反応により、イオンが生成します。最も一般的な反応は試薬イオンから分子へのプロトン移動により [M+H]+ イオンが生成するものです。試薬(R)イオンと分析対象分子(M)間のプロトン移動の一例を下記に示します:

[R+H]+ + M –> [M+H]+ + R

この反応の熱力学は分析対象物のプロトン親和力(Proton Affinity)、 PA(M) と試薬ガスのプロトン親和力 PA(R) によって決まります。通常、分析対象物Mのプロトン親和力は下記反応における反応エンタルピーΔHrxnとなります:

[M+H]+ –> M + H+

プロトン移動反応は以下の通り、プロトンを失うプロトン化試薬ガスの反応①と、プロトンを得る分析対象物(中性分子)の反応②の和によって記述できます:

① [R + H]+ –> H+ + R ΔHrxn = PA(R)

② H+ + M –> [M+H]+ ΔHrxn = -PA(M)

[R+H]++ M –> [M+H]+ + R ΔHrxn = PA(R) – PA(M)

PA(M)がPA(R)より大きい場合、発熱性のプロトン移動反応がCIソース内で起こります。その場合、プロトン親和力の差が重要です。発熱反応で生成された余剰のエネルギーは主に内部エネルギーとして分析対象物のイオンに移動し、フラグメンテーションを起こします。すなわち両者のプロトン親和力の差が大きい (PA(M) >> PA(R)) ほど、より高い内部エネルギーが分析対象物のイオンに移動し、より多くのフラグメントイオンが観測されます。
逆にPA(M)がPA(R)より小さい場合、反応は吸熱性であり、プロトンの移動はCIソース内で起こりません。
PA(M)とPA(R)の関係が重要であり、試薬ガスの選択によって発熱性のプロトン移動反応によるイオン化の効率と、観測されるフラグメントイオンの量が決まります。プロトン親和力の低い試薬ガスはイオン化できる化合物が多いものの、フラグメンテーションも起こりやすくなります。プロトン親和力の高い試薬ガスはよりソフトなフラグメンテーションの少ないソフトなイオン化を行いますが、イオン化できる化合は少なくなります。Pegasus GC-HRT+では下記の試薬ガスを使用できます:

  • メタン:    PA = 127 kcal/mol
  • イソブタン: PA = 195 kcal/mol
  • アンモニア: PA = 207 kcal/mol

注)正イオンCIのイオン化反応にはプロトン移動のほかに、試薬イオンの付加 (M・R

CI試薬ガスの選択

LECOは以下の手順で試薬ガスを選択することを推奨しています。まずはメタンを使用してみてください。なぜならメタンのプロトン親和力は低いため、多くの化合物をイオン化できるからです。そこでフラグメンテーションが多く観測され、十分な分子量情報が得られない場合は、プロトン親和力の低いイソブタンやアンモニアなど、ソフトなイオン化を行う試薬ガスを試してください。
注)

  • イソブタンはプロトン親和力195 kcal/mol以下の化合物を、アンモニアはプロトン親和力207 kcal/mol以下の化合物をイオン化しません。
  • メタンは飽和脂肪酸もイオン化します。

もしメタン、イソブタン、アンモニアが目的に合わない場合は、ご自身の選択する他の試薬ガスを試すことも可能です。ただし実際に使用する前に、LECOのサービスエンジニアにそのガスがPegasus GC-HRT+で使用できるか確認してください。またお客様の責任において、地域および国の安全基準や規制を遵守してください。

HR-CIにおけるPegasus GC-HRT+

LECOは以下の手順で試薬ガスを選択することを推奨しています。まずはメタンを使用してみてください。なぜならメタンのプロトン親和力は低いため、多くの化合物をイオン化できるからです。そこでフラグメンテーションが多く観測され、十分な分子量情報が得られない場合は、プロトン親和力の低いイソブタンやアンモニアなど、ソフトなイオン化を行う試薬ガスを試してください。

CIでのデータ取込み範囲

化学イオン化において試薬イオンがすべて分析対象物のイオン化で消費されるわけではありません。過剰な試薬イオンが分析対象物のイオンと同じようにイオンソースからフライトチューブへ移動し、検出器に到達します。試薬イオンの質量電荷比(m/z)は低く、イオン強度は非常に高くなります。よってデータ取り込み範囲(マスレンジ)を低(m/z)から行うことは、検出器の劣化を加速します。推奨する取込み開始(m/z)を下記に示します。

CI試薬ガス 主な試薬イオン 推奨データ取込み開始(m/z)
メタン CH4 CH5+、C2H5+ ≧50
イソブタン i-C4H10 C4H9+ ≧65
アンモニア NH3 NH4+ ≧45

 

HR-CIにおけるPegasus GC-HRT+ の質量精度(内部標準 vs 外部標準キャリブレーション)の項で説明した通り、分析中に行われる自動ドリフト補正によってPegasus GC-HRT+の質量精度は向上します。EIおよびメタンCIの場合はPFTBAを分析中オンにしておくことで、永続的なバックグランドイオンが得られます。上記の表で各試薬イオンにおけるデータ取込み開始(m/z)を示しましたが、それら(m/z)以上にも強度の低い他の試薬イオンが存在します。それらのイオンをPFTBAイオンの代わりに自動ドリフト補正に使用することが可能です Pegasus GC-HRT+の超高分解 (Ultra-High Resolution, UHR)モードでのマスレンジは、取込み開始(m/z)